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グスタフ・レオンハルト チェンバロ・リサイタル

2009年05月08日

「グスタフ・レオンハルト チェンバロ・リサイタル」(兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール)

4度目となるレオンハルトのコンサートに行ってきた。

演奏された曲は以下の通り;

ルイ・クープラン;
・パヴァーヌ
・組曲 ニ短調

パッヘルベル;
・ファンタジア ト短調
・3つのフーガ

J S. バッハ
・組曲 ヘ短調 BWV823
・コラール・パルティータ「おお神よ、汝まことなる神よ」BWV767

(休憩)

アルマン=ルイ・クープラン;
・ラントレピッド
・ラ・フランセーズ
・ラフリンジュ

デュフリ;
・アルマンドとクーラント ニ短調
・ラ・ドゥブロムブル
・ラ・フェリックス
・レ・グラース

アンコール
フィッシャー;シャコンヌ イ短調

今回の来日では、3つのプログラムが用意されているそう。

ホールが暗くなって、ステージに表れたレオンハルト。20年前に初めて見た時よりも、かなり年をめされたという感じ。拍手の中、さっとお辞儀をしただけで、すぐにチェンバロへ。そしてすぐに、おもむろに演奏を開始。パヴァーヌが終わって、拍手があったため、一旦立ち上がってお辞儀をされたものの、それ以降は一切曲のくぎりで立ち上がることなく、延々と演奏をしていく。プログラムで演奏される曲を知っていたということと、楽譜を自分で書き写しているという事実を知っていたので、曲と曲の切れ目はわかっていたが、まわりの人たちは、今何の曲?という感じでひそひそとやっていた。

まったく聴き手とは別世界でレオンハルトの世界が存在した。たまたまそれを会場というところで、聴くことができた

そういう世界だった。完全に他の世界と切り離されて、音楽とひたすら向き合っているレオンハルトの姿だけがあった、という感じだった。

前半はそうして、怒濤のように演奏が進んでいき、途中休憩。例によって、休憩の間にレオンハルト自身による調律が行われた。

今回のプログラムは、個人的には後半が特に素晴らしく感じた。デュフリの4曲は、まさにフランス・クラブサンの素晴らしさを伝える演奏であった。

さて調律であるが、今回もやはり「レオンハルト音律」だった。レオンハルトがどのような音律を使うのかについては、色々と言われているが、その日のプログラムに合わせて、適切なものを選んでいるようだ。それは、よく知られている音律から選択されるのではなく、彼の耳の中にある音律のようである。それについては、レオンハルトが来日した際に、調律をされる佐藤俊二氏が「レオンハルトと調律」の中で書かれているので、ご一読いただきたい。

こうした文章を読んだり、実際の演奏を聴いていると、やはり彼が傑出した演奏家であることがよくわかる。上にも書いたが、自分の世界を持っていて、その中にまったくゆるがない信念と自信を持って演奏する、レオンハルトはそれを肌で感じさせてくれる演奏家であると思う。

さて、いくつか、気がついた点を・・・

1)途中休憩の調律の際に、会場に人がいた
2)コンサート終了後に、許可のない撮影が禁止されているにもかかわらず、平然と撮影をする人が数人いた

この二つについては、かなり気になった。この二つについては、配布されたプログラムに注意事項として記載されていたものである。過去3回コンサートに足を運んだが、休憩の際は、全員がホールから出された。レオンハルト自身が許可をしたのかは不明だが、調律は神経のいることである。たしかにレオンハルトが調律している様子を見ることができた人は幸運だったかもしれない。しかし、それをすることは彼らの興味だけのことであって、演奏者にとっていいことなのか?と思う。少なくとの調律している様子は、会場外のモニターに映されていたのだから、それを見ていればよかっただろう。ホール側の意図に疑問が残る。

2つ目についてだが、チェンバロを初めて見る人、またレオンハルト自筆の筆写譜の存在を知っていて、それをカメラにおさめたいという気持ちはわかる。わたくし自信、レオンハルト信奉者だから、彼について全てを知りたいし、その記録も残したい。しかし、それは画像という形でなくてもいいのではないだろうか。コンサートに足を運んで、そこで見て、聴いた、という事実が大切なのではないか?コンサートに行ったからこそ、レオンハルトの生を演奏を聴くことができ、彼の筆写譜を見ることができた。それがコンサートに足を運んだ人間に与えられた、ある「特権」ではないか。「違反」を犯してまで、それ以上の何かを求める必要がどこにあったのか疑問だ。マナー以前の問題だと思う。

こうした苦言は、せっかくのコンサートを台無しにするものである。一人一人のちょっとした心遣いがあれば、気持ちよく会場を後にできるのである。それが残念でならない。


話を元に戻すが、さすがに80歳という高齢のため、会場全体に挨拶をされる時も、チェンバロに片手を置いて、それで体を支える様にしていた。それでも2時間近くの演奏を披露するというのはさすがだと感じる。
今回の演奏は、バッハとパッヘルベルを除けば、いずれもフランス・クラブサンの華やかさを教えてくれるものであった。いずれもCDやレコードという媒体を通して耳にしていたが、やはり実際に生演奏を聴くとその素晴らしさは実によく伝わってくる。「他を寄せ付けない」という言葉は、この人によく当てはまる言葉だと感じた

演奏;グスタフ・レオンハルト
日時;兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール
使用楽器;ブルース・ケネディ製作のジャーマン2段チェンバロ(1996)/M.ミートケモデル(東京古典楽器センター所収)

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