BWV592 協奏曲 ト長調
「バッハ:オルガン作品全集」(トン・コープマン、TELDEC、WPCS11446/61)
成立:1713〜14年、ヴァイマール
基本資料:ヨハン・ベルンハルト・バッハによる(?)筆写譜
楽章構成;
第1楽章;テンポ指定なし、2/4
第2楽章;グラーヴェ、ホ短調、3/4
第3楽章;プレスト、2/4
ヨハン・エルンスト公子自作のヴァイオリン協奏曲の編曲。第1,3楽章はリトルネッロ形式で、第2楽章では、ソロが付点リズムのトゥッティ主題に導かれる形式になっています。BWV592aがチェンバロ用として伝えられています。
非常に明るい曲で、ダイナミックさを兼ね備えた曲です。
協奏曲BWV592〜596は、種々の協奏曲の編曲で、1713〜14年(ヴァイマール)に成立したとされています。ヨハン・エルンスト公子が、1713年7月に、約2年間のオランダ留学から戻ってきました。オランダのユトレヒトやアムステルダムで最新のイタリア音楽を聴き、その楽譜を持ち帰ります。その中には、ヴィヴァルディの「調和の霊感(作品3)」を含む、イタリアのソロ協奏曲が含まれていました。
アムステルダム新教会のオルガニスト、J. J. デ・グラッフの演奏に接したことがきっかけとされていますが、ヨハン・エルンスト公子は協奏曲を1台の鍵盤楽器で演奏することに強い関心を抱きます。そこで、自らの師であるJ. G. ヴァルターとバッハに、それらの楽譜や、彼自身が作曲した協奏曲の編曲を依頼します。協奏曲BWV592〜596、クラヴィーア用の協奏曲BWV972〜987はこうした背景をもとに生まれた編曲作品です。
これらの編曲の経験は「イタリア体験」と呼ばれ、バッハ自身の創作に豊かな実りをもたらします。バッハはこれを機に北ドイツ学派の影響を脱し、形式美と歌謡性を兼ね備えたイタリア様式を、自己の中に同化させていったとされています。
バッハ事典(東京書籍)より引用
使用楽器:オランダ、フローニンゲン、マルティン教会、アルプ・シュニットガー製作、1691〜92年

