ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための鍵盤練習帳
「J. S. バッハ ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための鍵盤練習帳」(クリストフ・ルセ、Ambroisie、AMB 9977)
成立:1720年、ケーテン
基本資料:ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集
バッハは優れた作曲家、優れた演奏家であるとともに、優れた教師であったと言われています。その教え子の中でも、バッハが特にその才能に目をつけていたのが、長男であるヴィルヘルム・フリーデマン・バッハでした。その長男のために書いた作品が「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」で、9歳の誕生日のすぐ後にこの練習の編纂に取りかかっています。
ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集、1720年1月22日ケーテンにて記し始める
とその冒頭に書かれています。優れた教師であったと書きましたが、バッハはこうした練習を非常に重要視していたことがうかがえます。3年間に渡って編集されたと考えられています。この小曲集は「インヴェンションとシンフォニア」の基になっています。
この音楽帖は、長年ヴィルヘルム・フリーデマンの手元にあり、とても大切にしていたとされています。彼がドレスデンやハレに移り住んだ時でさえ手放しませんでした。50代になって、ヨハン・クリスチャン(後に「クラヴィーアのバッハ」と呼ばれた)に授けたとされていましたが、その後消息が絶たれていました。1932年にイェール大学がオークションで購入して、その存在が明るみに出ました。購入当時は数ページが消失していましたが、一部は復元されています。
バッハは、鍵盤演奏のテクニックをヴィルヘルム・フリーデマンに教えるにあたり、二つの表を用意することから始めています。
最初の表が、ト音記号、アルト記号、ソプラノ記号、そしてなるべく加線を防ぐための五線上の音部記号の位置を表しています。
二つ目の表には、様々な装飾音(トリル、モルデント、アポジャトゥーラ等)の13の記号とそれらの正しい演奏方法を示しています。
この練習帳に含まれる62曲の内、二つの断片はJ. C. リヒターの組曲《クラブサンのための作品 第25番》からで、第47番はテレマンによるイ長調の組曲、G. H. シュテルツェルの《パルティータ》も含まれています。最後の曲は、バッハがトリオ部を書き足したトリオを含んでいます(BWV929)。
また、二つのアルマンド(第6、7番)、第26〜28番の三つのプレリュード(それぞれハ長調、ニ長調、ホ短調)の5曲については、ヴィルヘルム・フリーデマンがバッハの手引きで始めて書いた作品と見られています。
第29番のプレリュード イ短調、第11番(メヌエット、ト長調)と第12番(メヌエット、ト短調)についてはバッハの作品であるか疑問視する声もあります。
バッハはこの練習帳の最初の音楽が始まる最初のページに、十字架を表す
「INJ (In nomine Jesu;イエスの御名において」
と書いていて、すべての音楽が、神の恩寵の現れであるという彼の信念を表しています。
この2枚組のCDには「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」が断片も含めて全部収録されています。
収録曲;
プレルディウム BWV.846a, 847, 851, 850, 855a, 854, 856, 848, 849.853, 857(後の「平均律クラヴィーア曲集」の前奏曲
プレアンブルム(小前奏曲)BWV.924, 926, 927a, 930, 928(9つの小前奏曲 から)
プレアンブルム BWV.772, 775, 778, 779, 781, 784, 786, 785,783, 782, 780, 777, 776, 774, 773(後の「インヴェンションとシンフォニア」)
ファンタジア BWV.787, 790, 793, 794, 796, 799, 801, 800, 798,797, 795、792、791、789、788(後の「インヴェンションとシンフォニア」)
プレルディウム BWV.924a, 925, 932, 931(「9つの小前奏曲」から)
アップリカツィオ(運指練習曲) BWV.994
2つのアルマンド BWV.836, 837
3声のフーガ ハ長調 BWV.953
3つのメヌエット BWV.841-843
ト長調による低音スケッチ BWV.なし
コラール:尊き御神の統べしらすままにまつろい BWV.691
コラール:イエス、わが喜び BWV.753
パルティータ BWV.929(シュテルツェル作曲)
組曲 イ長調 BWV.824(テレマン作曲)
J. C. リヒターによるチェンバロ曲
なお、この記事は、「私的CD評」さんの「長男の音楽教育のために作製された音楽帖の全曲を聴く」を読んで書きました。そちらで紹介されているCDはHänsslerからリリースされているもので、Joseph Payneがチェンバロ、クラヴィコード、オルガンを使って演奏しているそうです。とても素晴らしい記事ですので、是非訪問してください。
なお今回紹介したルセのCDも、Hänssler盤も入手可能なようです。
演奏:クリストフ・ルセ(チェンバロ)
使用楽器:ヨハネス・リュッカース1632年製(1787年フォン・ナーゲル改修)
録音:2004年11月25〜27日、ヌーシャテル(スイス)


私のブログの内容を補足する内容で、すばらしいですね。特に作品のリスト。
このような音楽帖を、次男のカール・フィリップ・エマーヌエルにも作ったのではないかと思うのですが、その痕跡が無く、はっきりしないのが残念です。ケーテンの宮廷楽長時代は、息子や弟子達の教育にも力を注いでいましたから、次男のためにも作製したと私は考えています。ただ、その内容は長男のためのものとそれほど変わらなかったと思うのですが。
コメント時刻: 2008年06月13日 10:36
コメントありがとうございます。
他の息子達に対する練習帳ですが、故人略伝にもそれを匂わせることが記載されていませんね。カール・フィリップ・エマーヌエルが書いていますから、もし彼がそれについて知っているならば、少しでも触れていそうなものですが・・・
「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」、「インヴェンションとシンフォニア」、「巧みに調律された鍵盤楽器のための24の前奏曲とフーガ」と進むに連れて、クラヴィーアについて理想的に習得できることを考えると、ご指摘の通り、内容に大きな差がなかったと思います。
カール・フィリップ・エマーヌエルがバッハから教わったものが存在したとすれば、彼の書いた「正しいクラーヴィア奏法」、弟子が教わったものが存在するとすれば、例えばキルンベルガーの「純粋作曲法」などにヒントが隠されているのかもしれないですね。
ヴィルヘルム・フリーデマンのものを利用して、その練習者のスキルに応じて使っていたりしたのかな?などと想像してみるのも楽しいですね
コメント時刻: 2008年06月13日 19:39