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テルツ少年合唱団によるクリスマス・オラトリオを聴く

2009年12月26日

「バッハ:クリスマス・オラトリオ(全曲)」(ゲルハルト・シュミット=ガーデン指揮、テルツ少年合唱団、コレギウム・アウレウム合奏団)

このブログでは、昨年にアーノンクールの演奏で「BWV248 クリスマス・オラトリオ」を聴いていますが、例によって(?)よく観に行くブログ記事に感化されて聴いてみました。記事元は、「私的CD評」さんの「バッハのクリスマスオラトーリオをオリジナル編成で聴く 」です。わたくしが昨年聴いたのは、アーノンクールの後年の録音で、女性ソプラノを起用していますが、上記ブログでは記事タイトルの通り、男性ソプラノ、混声合唱団ではないオリジナル編成での演奏となっています。

今回紹介する録音も、テルツ少年合唱団と、各声部が男性(ソプラノ及びアルトはテルツ少年合唱団のメンバー)となっています。

この曲の詳細は、上記記事で取り上げたので割愛します。

伸びやかな少年達の声が印象的ですね。「クリスマス」からは一日遅れですが、QUADのスピーカーで楽しむことができました。大きな編成(例えばマーラー)は苦手ですが、あまり大きくない編成の曲では、その独特の繊細さが際立ってくれます

演奏;
ハンス・ブッフヒール(ボーイ・ソプラノ)
アンドレーアス・シュタイン(ボーイ・アルト)
テーオ・アルトマイヤー(テノール)
バリー・マクダニエル(バス・バリトン)
フランツ・レールンドルファー(ポジティーヴ・オルガン)
テルツ少年合唱団
コレギウム・アウレウム合奏団
指揮:ゲルハルト・シュミット=ガーデン

録音;
1973年4月、レングリース教区教会

アーノンクールによるヨハネ受難曲を聴く

2009年01月23日

「J.S.バッハ:ヨハネ受難曲 BWV.245」(アーノンクール&ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、エクウィルツ、エグモント、Warner Das Alte Werk、2564 69644-4)

昨年、コンサートで聴いた「BWV245 ヨハネ受難曲」(オランダ・バッハ教会合唱団&管弦楽団、ヨス・ファン・フェルトホーヴェン指揮)ですが、久しぶりにCDで聴いています。

バッハの教会カンタータや受難曲は、バッハの環境、つまり彼がルター派のプロテスタントであったことを考えると、当時は女性が教会で唄うことが禁じられていたため、ソプラノは男性が唄うべきであると考えられます。成人男性では無理がありますから、少年合唱団を採用することがベストでしょう。今回はそうした録音から選びました。

1965年の録音と古いですが、ソプラノをウィーン少年合唱団のメンバーが歌い、すべてのパートを男性が担当しています。現在でもバッハの受難曲、カンタータの録音がたくさん発売されていますが、常に安定したボーイソプラノを確保することが困難であることが多いためか、女性ソプラノを起用することが多いですね。そういう環境の中で、このアーノンクールが指揮したヨハネ受難曲は大きな意味があると思います。

昨年末にアーノンクールが一昨年に発売した「BWV248 クリスマス・オラトリオ」を聴きましたが、この時にはソプラノを女性にまかせています。ボーイソプラノに対する限界をアーノンクールが考えたのかはわかりませんが、今回聴いたヨハネ受難曲を録音した時点では、アーノンクールにはボーイソプラノ以外の選択肢は思いつかなかったと思います。

クルト・エクヴィルツ(福音史家;テノール)、マックス・ファン・エグモント(イエス;バス)といった人たちは、アーノンクールがレオンハルトとともに教会カンタータ全集を録音するのに活躍した人ですね。毎週日曜日に順番に聴いているこのシリーズに頻繁に出てきます。彼らの歌ももちろん見事ですが、ウィーン少年合唱団員のソプラノやアルトも実に見事ですね。女性ソプラノとは違った美しさがあります。なお、オルガンでレオンハルトも参加しています。また、今では演奏をほとんどしていないと見受けられるアーノンクールが、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェロで参加しています。

上に書いたように、バッハのカンタータや受難曲は本来ボーイソプラノで唄われる方が好ましいのですが、中々そうした録音がたくさんあるわけではありません。こうしたバッハの作品で、ボーイソプラノ、アルトを採用しているCDを集めたサイトがありますので、最後に紹介しておきます

少年合唱・ボーイソプラノ・アルトによるBach のCDの紹介


演奏;
ニコラウス・アーノンクール指揮
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
ソロ・ボーイ・ソプラノ&ソロ・ボーイ・アルト(ウィーン少年合唱団員)
ウィーン少年合唱団、コールス・ヴィエネンシス
クルト・エクヴィルツ(福音史家;テノール)
ベルト・ヴァント・ホフ(テノール)
マックス・ファン・エグモント(イエス;バス)
ジークフリート・シュネーヴァイス(バス)
ジャック・ヴィリゼック(バス)
グスタフ・レオンハルト&ヘルベルト・タヘツィ(オルガン)
録音:1965年

BWV248 クリスマス・オラトリオ

2008年12月26日
XmasOratorioCMWDHM2007.jpg

「クリスマス・オラトリオ」(アーノンクール&ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、DHM、88697 33321 2)

用途;降誕節〜顕現節
初演;1734年12月25日〜35年1月6日、ライプツィヒ聖ニコラス教会及び聖トーマス教会(再演;おそらく1739/40年、1744/45年、1745/46年)
歌詞;ルカによる福音書2、1−21。マタイによる福音書2、1−12。作者不詳の自由詩。種々のコラール
編成;ソプラノ(天使)、ソプラノ(こだま)、アルト、テノール(福音書記者)、バス(ヘロデ)、合唱、トランペット3、ティンパニ、ホルン2、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、オーボエ・ダモレーレ2、ボーボエ・ダ・カッチャ2、弦合奏、通奏低音
基本資料;自筆総譜、オリジナル・パート譜

楽曲構成;

第1部;「歓呼の声を放て、喜び踊れ」
第1曲;合唱、トランペット3、ティンパニ、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ニ長調、3/8
第2曲;レチタティーヴォ(福音書記者)、通奏低音
第3曲;レチタティーヴォ(アルト、オボーエ・ダモーレ2、通奏低音)
第4曲;アリア(アルト、オーボエ・ダモーレ、ヴァイオリン、通奏低音、イ短調、3/8)
第5曲;コラール(合唱、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、イ短調、4/4)
第6曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第7曲;コラール(ソプラノ)とレチタティーヴォ(バス)、オーボエ・ダモーレ2、通奏低音、アンダンテ、ト長調、3/4 - 4/4
第8曲;アリア(バス、トランペット、フラウト・トラヴェルソ、弦合奏、通奏低音、ニ長調、2/4)
第9曲;コラール(合唱、トランペット3、ティンパニ、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ニ長調、4/4)

第2部;「このあたりに羊飼いおりて」
第10曲;シンフォニア(フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ・ダモーレ2、オーボエ・ダ・カッチャ2、弦合奏、通奏低音、ト長調、12/8)
第11曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第12曲;コラール(合唱、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ・ダモーレ2、オーボエ・ダ・カッチャ2、弦合奏、通奏低音、ト長調、4/4)
第13曲;レチタティーヴォ(福音書記者、天使、弦合奏、通奏低音)
第14曲;レチタティーヴォ(バス、オーボエ・ダモーレ2、オーボエ・ダ・カッチャ2、通奏低音)
第15曲;アリア(テノール、フラウト・トラヴェルソ、通奏低音、ホ短調、3/8)
第16曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第17曲;コラール(合唱、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ・ダモーレ2、オーボエ・ダ・カッチャ2、弦合奏、通奏低音、ハ長調、4/4)
第18曲;レチタティーヴォ(バス、オーボエ・ダモーレ2、オーボエ・ダ・カッチャ2、通奏低音)
第19曲;アリア(アルト、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ・ダモーレ2、オーボエ・ダ・カッチャ2、弦合奏、通奏低音、ト長調、2/4)
第20曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第21曲;合唱(フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ・ダモーレ2、オーボエ・ダ・カッチャ2、弦合奏、通奏低音、ト長調、2/2)
第22曲;レチタティーヴォ(バス、通奏低音)
第23曲;コラール(合唱、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ・ダモーレ2、オーボエ・ダ・カッチャ2、弦合奏、通奏低音、ト長調、12/8)

第3部;「天を統べたもう君よ」
第24曲;合唱(トランペット2、ティンパニ、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ニ長調、3/8)
第25曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第26曲;合唱(フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ・ダ・モーレ2、弦合奏、通奏低音、イ長調、3/4)
第27曲;レチタティーヴォ(バス、フラウト・トラヴェルソ2、通奏低音)
第28曲;コラール(合唱、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ・ダ・モーレ2、弦合奏、通奏低音、イ長調、4/4)
第29曲;二重唱(ソプラノ、アルト、オーボエ・ダ・モーレ2、通奏低音、イ長調、3/8)
第30曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第31曲;アリア(アルト、独奏ヴァイオリン、通奏低音、ロ短調、2/4)
第32曲;レチタティーヴォ(アルト、フラウト・トラヴェルソ2、通奏低音)
第33曲;コラール(合唱、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ト長調、4/4)
第34曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第35曲;コラール(合唱、フラウト・トラヴェルソ、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、嬰へ短調、4/4)

第4部;「ひれ伏せ、感謝もて」
第36曲;合唱(ホルン2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ヘ長調、3/8)
第37曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第38曲;レチタティーヴォ(バス)とコラール(ソプラノ)、弦合奏、通奏低音
第39曲;アリア(ソプラノ、こだま)、オーボエ、通奏低音、ハ長調、6/8
第40曲;レチタティーヴ(バス)とコラール(ソプラノ)、弦合奏、通奏低音
第41曲;アリア(テノール、ヴァイオリン2、通奏低音、ニ短調、4/4)
第42曲;コラール(合唱、ホルン2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ヘ長調、3/4)

第5部;「栄光あれと、神よ、汝に歌わん」
第43曲;合唱(オーボエ・ダ・モーレ2、弦合奏、通奏低音、イ長調、3/4)
第44曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第45曲;合唱とレチタティーヴォ(アルト、オーボエ・ダ・モーレ2、弦合奏、通奏低音、ロ短調、4/4)
第46曲;コラール(合唱、オーボエ・ダ・モーレ、弦合奏、通奏低音、イ長調、4/4)
第47曲;アリア(バス、オーボエ・ダ・モーレ、通奏低音、嬰へ短調、2/4)
第48曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第49曲;レチタティーヴォ(アルト、弦合奏、通奏低音)
第50曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第51曲;三重唱(ソプラノ、アルト、テノール、独奏ヴァイオリン、通奏低音、ロ短調、2/4)
第52曲;レチタティーヴォ(アルト、オーボエ・ダ・モーレ2、通奏低音)
第53曲;コラール(合唱、オーボエ・ダ・モーレ2、弦合奏、通奏低音、イ長調、4/4)

第6部;「主よ、勝ち誇れる敵どもの息まくとき」
第54曲;合唱(トランペット3、ティンパニ、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ニ長調、3/8)
第55曲;レチタティーヴォ(福音書記者、ヘロデ(バス)、通奏低音)
第56曲;レチタティーヴォ(ソプラノ、弦合奏、通奏低音)
第57曲;アリア(ソプラノ、オーボエ・ダ・モーレ、弦合奏、通奏低音、ラルゴ・エ・スタッカート、イ長調、3/4)
第58曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第59曲;コラール(合唱、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ト長調、4/4)
第60曲;レチタティーヴォ(福音書記者、通奏低音)
第61曲;レチタティーヴォ(テノール、オーボエ・ダ・モーレ2、通奏低音)
第62曲;アリア(テノール、オーボエ・ダ・モーレ2、通奏低音、ロ短調、2/4)
第63曲;レチタティーヴォ(ソプラノ、アルト、テノール、バス、通奏低音)
第64曲;コラール(合唱、トランペット3、ティンパニ、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ニ長調、4/4)

ライプツィヒ時代中期に編作された3曲のオラトリオの第1作。全6部から成る連作です。作曲は1734年11〜12月に行われ、クリスマス期間(12月25日〜1月6日)の礼拝で順次演奏されたとされています。

この6部は元々は独立して伝承されたもので、楽曲の多くは既存の曲のパロディとなっています。自由詩の部分の作者は不詳ですが、バッハとピガンダーが作成したと推測されています。1〜4部は、

BWV213 岐路に立つヘラクレス
BWV214 太鼓よとどろき、ラッパよ響け

の2曲が原曲。第6部は、消失したカンタータの、ほぼ全面的な転用とされています。それぞれは、

第1部;「歓呼の声を放て、喜び踊れ」;降誕節第1日(12月25日)用
第2部;「このあたりに羊飼いおりて」;降誕節第2日(12月26日)用
第3部;「天を統べたもう君よ」;降誕節第3日(12月27日)用
第4部;「ひれ伏せ、感謝もて」新年(御子の割礼と命名の日)用
第5部;「栄光あれと、神よ、汝に歌わん」;新年後の日曜日用
第6部;「主よ、勝ち誇れる敵どもの息まくとき」1月6日に主顕現節用

となっています。

歌詞;
ルカによる福音書2、1−21

◆イエスの誕生
2:1 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。 2:2 これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。 2:3 人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。 2:4 ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。 2:5 身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。 2:6 ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、 2:7 初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
◆羊飼いと天使
2:8 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 2:9 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 2:10 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 2:11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 2:12 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 2:13 すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。 2:14 「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」 2:15 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 2:16 そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。 2:17 その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 2:18 聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 2:19 しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。 2:20 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。 2:21 八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。


マタイによる福音書2、1−12

◆占星術の学者たちが訪れる
2:1 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、 2:2 言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」 2:3 これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。 2:4 王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。 2:5 彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。 2:6 『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」 2:7 そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。 2:8 そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。 2:9 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。 2:10 学者たちはその星を見て喜びにあふれた。 2:11 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。 2:12 ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

キリスト・イエスの降誕を祝うに相応しい輝かしい楽曲です。上で引用した2つの福音書の該当箇所を理解しながら曲を聴くと、キリスト・イエスの降誕が劇的に楽曲としてうまく作曲されていることがわかります。

演奏はアーノンクールが昨年のこの時期に発売したもの。「一日一バッハ」さんが「「クリスマス・オラトリオ」 BWV248」で紹介されている同じアーノンクールの録音では、テルツ少年合唱団員がソプラノを担当していますが、このアルバムでは女性をソプラノに起用しています。アーノンクールらしいダイナミックな演奏です

クリスティーネ・シェーファー(ソプラノ)
ベルナルダ・フィンク(アルト)
ヴェルナー・ギューラ(テノール)
クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン)
ジェラルド・フィンレイ(バス)
アルノルト・シェーンベルク合唱団
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
ニコラウス・アーノンクール(指揮)
録音:2006年12月8日〜10日、2007年1月13日&14日
録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール

BWV249 復活節オラトリオ

2008年03月23日

「J. S. Bach Magnificat・Easter Oratorio」(Taverner Consort & Players・Andrew Parrott、Virgin 7243 5 61647 2 7)

用途:復活節第1日
初演:1725年4月1日(ライプツィヒ)。再演:1738年頃、1743〜46年、1749年4月6日
歌詞:作者不詳
編成:
ソプラノ(ヤコブの母マリア)
アルト(マグダラのマリア)
テノール(ペテロ)
バス(ヨハネ)
合唱、トランペット3、ティンパニ、リコーダー2、フラウト・トラヴェルソ、オーボエ2、オーボエ・・カッチャ、弦合奏、通奏低音
基本資料:自筆総譜、オリジナル・パート譜
楽曲構成:
第1曲:シンフォニア(トランペット3、ティンパニ、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ニ長調、3/8)
第2曲:シンフォニア(フラウト・トラヴェルソ、弦合奏、通奏低音、ロ短調、アダージョ、3/4)
第3曲:合唱(トランペット3、ティンパニ、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ニ長調、3/8)
第4曲:レチタティーヴォ(ソプラノ、アルト、テノール、バス、通奏低音)
第5曲:アリア(ソプラノ、フラウト・トラヴェルソ、通奏低音、ロ短調、3/4)
第6曲:レイチタティーヴォ(アルト、テノール、バス、通奏低音)
第7曲:アリア(テノール、リコーダー2、ヴァイオリン2、通奏低音、ト長調、4/4)
第8曲:レチタティーヴォ(ソプラノ、アルト、通奏低音)
第9曲:アリア(アルト、オーボエ・ダ・カッチャ、弦合奏、通奏低音、イ長調、4/4)
第10曲:レチタティーヴォ(バス、通奏低音)
第11曲:合唱(トランペット3、ティンパニ、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ニ長調、2/2-3/8)

失われた世俗カンタータ「逃れよ、消えよ、退き失せよ、もろもろの憂いよ(BWV249a)」のパロディ。「羊飼いカンタータ」という別名を持つ原曲は、ザクセン=ヴァイセンフェルス公クリスティアンの誕生日祝賀用に書かれたもので、1725年2月23日に上演。その全10曲の内、7曲を第1〜3、5、7、9、11曲に用いたものがこの曲。
「オラトリオ」の名称は、1738年頃の改訂再演の際に初めてつけらたもの。何度かの再演の度に、その都度改訂が行われています。

タイトルの通り、キリスト・イエスの復活が題材となっていますが、聖書記事をもとにしている点では受難曲やクリスマス・オラトリオと同じですが、福音書記者が登場しません。楽曲構成のところで書いているように、ヤコブの母マリア、マグダラのマリア、ペテロ、ヨハネが物語を進行します。
第1曲目のシンフォニアは、実に祝賀的な雰囲気を持つ曲で、もともと書かれていた協奏曲に由来するとされています。第2曲目のシンフォニア、第3曲目の合唱も同じく、既存の協奏曲由来。合唱の部分は、初稿ではペトロとヨハネの二重唱となっています。最後の第11曲目は、まさに復活を祝うに相応しい晴れやかな曲で、この曲を締めくくるに相応しい曲ですね。

今日はイースターですので、あえてこの曲を選びました。イースターはキリスト・イエスが、哀しみの中から復活されたというところにその福音があると思います。単に復活を遂げられたということだけではなく、十字架という大きな哀しみがあり、その悲嘆の中から復活という出来事がある、というところが本質であると思います

演奏:
Emily Van Evera (ソプラノ)
Caroline Trevor (アルト)
Charles Daniels (テノール)
Peter Kooy (バス)
Taverner Consort & Players
Andrew Parrott (指揮)

BWV245 ヨハネ受難曲

2008年02月22日

「オランダ・バッハ教会合唱団&管弦楽団、ヨス・ファン・フェルトホーヴェン指揮」

用途:聖金曜日の晩歌
初演:1724年4月7日、ライプツィヒ聖ニコライ教会(再演:1725年3月30日、恐らく1732年4月11日、1749年4月4日)
歌詞:
ヨハネによる福音書18及び19章
マタイによる福音書:26章75節
B. H. ブロッケス(第7、9,20、24,32、34曲)、Ch. H. ポステル(第30曲)、その他に基づく自由詩。種々のコラール
編成:
ソプラノ:召使いの女
アルト、テノール:福音書記者
テノール:下役
バス:イエス
バス:ペテロ、ピラト
合唱、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、オボーエ・ダモーレ2、オボーエ・ダ・カッチャ2、ヴィオラ・ダモーレ2、ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、弦合奏、通奏低音
基本資料:一部自筆の総譜

バッハがライプツィヒに赴任して最初に迎えた聖金曜日のためにかいた受難曲。ヨハネによる福音書18及び19章の受難に関する記事の音楽化に自由詩楽曲とコラールを加え、

世に下った栄光の主、イエス・キリストが捕われて十字架につけられ、贖罪の使命を成就するまで

を描いたもの。バッハの生前に少なくとも4回は上演されていて、その度に改変されています。第1稿は一部のパート譜によって伝えられるもので、、今日知られている形と大筋で一致。

基本テキスト:

ヨハネによる福音書18及び19章
[ 18 ]

◆裏切られ、逮捕される
18:1 こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。
18:2 イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。
18:3 それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。
18:4 イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。
18:5 彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。
18:6 イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。
18:7 そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。
18:8 すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」
18:9 それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。
18:10 シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。
18:11 イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」
◆イエス、大祭司のもとに連行される
18:12 そこで一隊の兵士と千人隊長、およびユダヤ人の下役たちは、イエスを捕らえて縛り、
18:13 まず、アンナスのところへ連れて行った。彼が、その年の大祭司カイアファのしゅうとだったからである。
18:14 一人の人間が民の代わりに死ぬ方が好都合だと、ユダヤ人たちに助言したのは、このカイアファであった。
◆ペトロ、イエスを知らないと言う
18:15 シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。この弟子は大祭司の知り合いだったので、イエスと一緒に大祭司の屋敷の中庭に入ったが、
18:16 ペトロは門の外に立っていた。大祭司の知り合いである、そのもう一人の弟子は、出て来て門番の女に話し、ペトロを中に入れた。
18:17 門番の女中はペトロに言った。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか。」ペトロは、「違う」と言った。
18:18 僕や下役たちは、寒かったので炭火をおこし、そこに立って火にあたっていた。ペトロも彼らと一緒に立って、火にあたっていた。
◆大祭司、イエスを尋問する
18:19 大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。
18:20 イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。
18:21 なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている。」
18:22 イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。
18:23 イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか。」
18:24 アンナスは、イエスを縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送った。
◆ペトロ、重ねてイエスを知らないと言う
18:25 シモン・ペトロは立って火にあたっていた。人々が、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペトロは打ち消して、「違う」と言った。
18:26 大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」
18:27 ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた。
◆ピラトから尋問される
18:28 人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に連れて行った。明け方であった。しかし、彼らは自分では官邸に入らなかった。汚れないで過越の食事をするためである。
18:29 そこで、ピラトが彼らのところへ出て来て、「どういう罪でこの男を訴えるのか」と言った。
18:30 彼らは答えて、「この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう」と言った。
18:31 ピラトが、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、ユダヤ人たちは、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と言った。
18:32 それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった。
18:33 そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。
18:34 イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」
18:35 ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」
18:36 イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」
18:37 そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」
18:38 ピラトは言った。「真理とは何か。」
◆死刑の判決を受ける
ピラトは、こう言ってからもう一度、ユダヤ人たちの前に出て来て言った。「わたしはあの男に何の罪も見いだせない。
18:39 ところで、過越祭にはだれか一人をあなたたちに釈放するのが慣例になっている。あのユダヤ人の王を釈放してほしいか。」
18:40 すると、彼らは、「その男ではない。バラバを」と大声で言い返した。バラバは強盗であった。

[ 19 ]

19:1 そこで、ピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。
19:2 兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、
19:3 そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。
19:4 ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」
19:5 イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。
19:6 祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」
19:7 ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」
19:8 ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、
19:9 再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。
19:10 そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」
19:11 イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」
19:12 そこで、ピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかし、ユダヤ人たちは叫んだ。「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています。」
19:13 ピラトは、これらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石」という場所で、裁判の席に着かせた。
19:14 それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。ピラトがユダヤ人たちに、「見よ、あなたたちの王だ」と言うと、
19:15 彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架につけろ。」ピラトが、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と言うと、祭司長たちは、「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えた。
19:16 そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。
◆十字架につけられる
こうして、彼らはイエスを引き取った。
19:17 イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。
19:18 そこで、彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた。
19:19 ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。
19:20 イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。
19:21 ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と言った。
19:22 しかし、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた。
19:23 兵士たちは、イエスを十字架につけてから、その服を取り、四つに分け、各自に一つずつ渡るようにした。下着も取ってみたが、それには縫い目がなく、上から下まで一枚織りであった。
19:24 そこで、「これは裂かないで、だれのものになるか、くじ引きで決めよう」と話し合った。それは、/「彼らはわたしの服を分け合い、/わたしの衣服のことでくじを引いた」という聖書の言葉が実現するためであった。兵士たちはこのとおりにしたのである。
19:25 イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。
19:26 イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。
19:27 それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。
◆イエスの死
19:28 この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。
19:29 そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。
19:30 イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。
◆イエスのわき腹を槍で突く
19:31 その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。
19:32 そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。
19:33 イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。
19:34 しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。
19:35 それを目撃した者が証ししており、その証しは真実である。その者は、あなたがたにも信じさせるために、自分が真実を語っていることを知っている。
19:36 これらのことが起こったのは、「その骨は一つも砕かれない」という聖書の言葉が実現するためであった。
19:37 また、聖書の別の所に、「彼らは、自分たちの突き刺した者を見る」とも書いてある。
◆墓に葬られる
19:38 その後、イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していたアリマタヤ出身のヨセフが、イエスの遺体を取り降ろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトが許したので、ヨセフは行って遺体を取り降ろした。
19:39 そこへ、かつてある夜、イエスのもとに来たことのあるニコデモも、没薬と沈香を混ぜた物を百リトラばかり持って来た。
19:40 彼らはイエスの遺体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布で包んだ。
19:41 イエスが十字架につけられた所には園があり、そこには、だれもまだ葬られたことのない新しい墓があった。
19:42 その日はユダヤ人の準備の日であり、この墓が近かったので、そこにイエスを納めた。

と、かなり長いですが、ここがメインとなる部分で、一部だけマタイによる福音書からの引用があります。

マタイによる福音書:26章75節
26:75 ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。

「ペテロの否認」と言われる有名なところですね。

曲の構成ですが、この曲は第4稿に至るまでに何度も改訂され、その度に様々に変っています。どの稿を用いるかで変りますので、今回は割愛(などと書いていますが、かなり長い曲(CD2枚分)ですので、今回は手を抜いて全体の概要だけ)。

第1部:
弟子ユダの裏切り/捕えられるイエス/ペテロの否認

第2部:
ピラトの審問/死刑宣告/十字架につけられる/イエスの死/埋葬

となっています。さて、このブログで初の受難曲ですが、いきなり生演奏です。これまでバッハの曲をコンサートでたくさん聴いていますが、受難曲は初めての体験でした。
今回は1724年の初演版を使っています。この楽譜自体は失われていますが、音楽学者のピーター・デュルクセンが再構成して、それが今回演奏されたもの。第4稿とは色々な点で異なっています。楽章構成は、第4稿と大筋で一致していますが、変っているのが合唱、楽器編成。冒頭で編成を

ソプラノ:召使いの女
アルト、テノール:福音書記者
テノール:下役
バス:イエス
バス:ペテロ、ピラト
合唱、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、オボーエ・ダモーレ2、オボーエ・ダ・カッチャ2、ヴィオラ・ダモーレ2、ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、弦合奏、通奏低音

と書いていますが、今回はもっと少ないのです。実際に演奏された編成は、

声楽ソリスト:
テノール(福音書記者)
バス(イエス)
ソプラノ
アルト(カウンターテナー)
テノール
バス(ペテロ、ピラト)
リピエーノ(ソリストを補強する歌手):
ソプラノ、アルト(カウンターテナー)、テノール

オーケストラ:
ヴァイオリン/ヴィオラ・ダモーレ2、ヴィオラ、チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、コントラバス、オーボエ2、オルガン、テオルボ、チェンバロ

たったこれだけです。指揮者を除くと、声楽陣が9人、楽器が11人です。

声楽陣については、リフキン説に従って1パートの人数を極力減らしており、ソリスト(「コンチェリスト」とも呼ばれた)以外に「リピエーノ(ソリストを補強する歌手)」が3人参加しているだけです。リピエーノについては、恐らくバッハが1724年の初演で使ったと思われるリピエーノのパート譜が残っていた(コンサートパンフレットによる)ということです。
もはや合唱団という概念は存在しない感じです。4人のソリストが中央に配置されていて、アリアの時に、少しステージの前に出て歌います。

興味深いのが、フラウト・トラヴェルソが使われていないこと。これは、以下の部分から結論が出てきます。

1739年総譜の表題ページに非常に重要な指示が書かれている。ここでバッハはどうやら何も考えずに1724年verの次のような表題ページを写したものと思われる。「イエスの授けを得て!聖ヨハネによる4つの声、2つのオーボエ、2つのヴァイオリン、ヴィオラ、および通奏低音のための受難曲/J. S. バッハ作」。ヴィオラ・ダモーレとかヴィオラ・ダ・ガンバのように、臨時に加えられる曲のみに使われる楽器の名前はここには挙がっていない。その上、明らかにこれらはアンサンブルの奏者の一人によって「エキストラ」楽器として演奏されていた。トラヴェルソには当てはまらないであろう。トラヴェルソは1725年Ver.以来常に演奏に加わっており、それゆえバッハの新プランに含まれていたのである。1739年の表題ページに「2本のトラヴェルソ」の指定がないことは、必然的に、「オリジナル」Ver.が実はフルートなしで作曲されたという結論を導く。
公演プログラム中のデュルクセンの記事より

また、通奏低音の楽器編成。オルガン、チェンバロ、テオルボの3つの楽器が使われいたこと。これは、

私はドレフェスの言う、バッハは、声楽曲の演奏中に、しばしばチェンバロを弾きながら指揮したので、通奏低音は二重に、いや三重にさえなったという意見に同意する。ヨハネ受難曲のレコーディングにオルガン、チェンバロ、テオルボを選ぶことにより、表情豊かで色彩豊かな全く新しい可能性を開くことになる。エヴァンゲリストはバロック・オペラでするように、チェロとチェンバロの伴奏で物語を語り、一方キリストはオルガン、バス、テオルボの「黄金の」組み合わせを従える。アンサンブルの中の(即興演奏する)通奏低音楽器の組み合わせが常に変化することが、演奏に全く新しい生気を与える。
公演プログラムのフェルトホーヴェンの記事による

と述べているところによります。

わずかこれだけの編成でこの大曲が?と思ったのですが、実際に聴いてみると、声楽陣が非常によくまとまっていたこともあり、演奏の細部が非常によく聴こえるのです。コンサート前に、フェルトホーヴェンとデュルクセンによるこの曲の解説が20分ほどあったのですが、このことについても触れていました。大合唱団やオーケストラを率いていなくても、十分過ぎるくらいに迫力がありました。

演奏前の解説はとても興味深いもので、もっと聞いていたいものでした。そこでいくつか興味深いことを聞きました。この曲を教会で演奏する場合と、コンサート会場で演奏することの違いでした。教会では聴いているのはクリスチャンですから、物語の中で語られている聖書の記事について全員の理解があるということ。一方コンサート会場では、全員がクリスチャンとは限らないからどこまで歌詞が理解できるか?ということ。そういう意見があったので、今回の聖書の引用箇所が長いのですが、あえて全部載せたのです。実際の演奏中は、ステージの後ろにスクリーンがあって、そこに日本語で歌詞が出ていました。また、上で書いたように、全体の編成が小さい分、曲の細部をよく聴き分けることができました。どの楽器も埋没することなく、全体の一部分でありながら、それぞれのパートの必要性をしっかりと主張していたと思います。
逆にいえば、その分下手をすれば粗が目立ちことになりかねませんが、それをまったく感じないのは自信の表れでしょうか・・・
そして声楽陣についてもかなりの配慮をしていることが伺えました。ソリストと合唱の対比をどうするかについて細かな配慮がありました。実際の演奏でも、上で書いたようにアリアでは、ソリストがステージの前に出てきましたし、それ以外に声楽陣の配置もじっくりと考えられたものだと感じました。

演奏後、拍手が鳴り止まず、4回もステージに引き返して来るという盛況でした。終わった後サイン会があって、フェルトフォーゲン、デュルクセン、テュルクの3氏のサインを頂いてきました。

実によかった〜。次はマタイを聴いてみたいですね


演奏:
声楽ソリスト:
テノール(福音書記者):ゲルト・テュルク
バス(イエス):ステファン・マクラウド
ソプラノ:マリア・ケオハナ
アルト(カウンターテナー):マシュー・ホワイト
テノール:アンドルー・トータス
バス(ペテロ、ピラト):ヴァオルフ・マティアス・フリードリヒ
リピエーノ:
ソプラノ:アマリリス・ディールティンス
アルト(カウンターテナー):ダニエル・ラゲル
テノール:サイモン・ウォール

オーケストラ:
ヴァイオリン/ヴィオラ・ダモーレ:アントワネット・ローマン、ピーター・アフォールティト
ヴィオラ:ヤン=ウィルム・ヴィス
チェロ:ルシア・スワルツ
ヴィオラ・ダ・ガンバ:ミネケ・ヴァン・デル・ヴェルデン
コントラバス:ロベルト・フラネンベルク
オーボエ:マルティン・スタッドラー、ペーター・フランケンベルク
オルガン:ピーター・デュルクセン
テオルボ:マイク・フェントロース
チェンバロ:シーベ・ヘンストラ
ヨス・ファン・フェルトホーヴェン指揮
場所:2008年2月2日(金)兵庫県立芸術文化センター大ホール

BWV11 昇天節オラトリオ (神をそのもろもろの国にて頌めよ)

2008年01月31日

「バッハ:カンタータ全集第1巻」(ニコラウス・アーノンクール、グスタフ・レオンハルト、TELDEC、WPCS-10901/6)

用途:昇天節
初演:1735年5月19日、ライプツィヒ
歌詞:作者不詳。ルカ24、50ー52、使徒言行録1、9ー29。マルコによる福音書16、19。第6曲:J. リストのコラール「汝生命の君、主イエス・キリスト」(1641)第4節。第11曲:G. W. ザーツァーのコラール「神は天に昇りたもう」(1671)第7節
編成:ソプラノ、アルト、テノール(福音書記者)、バス、合唱;トランペット3、ティンパニ。フラウト・トラベルソ2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音
基本資料:自筆総譜

クリスマス・オラトリオ(BWV248)の「物語音楽」を様式を受け継ぐ作品。旧全集では教会カンタータに分類されたが、自筆総譜のタイトルページに、C. P. E. バッハの筆跡で「昇天節オラトリオ(Oratorium / auf Himmelfahrt) 」という記載があるため、バッハ便覧では「受難曲とオラトリオ」に分類している。
他のオラトリオと同様、旧作のパロディが中心で、1735年の時点でバッハが新たに作曲したのは、レチタティーヴォと冒頭楽章のみ
福音書記者が語る物語の部分は、ブーゲンハーゲンが諸著を調和させて編んだテキストに基づく。その前後に合唱曲、アリア、コラールなどを配置し、イエスの昇天の様子を生き生きと描く。去ってゆくキリスト・イエスへの哀しみは、やがて再臨への希望へと変容。

歌詞の基本テキスト:

◆天に上げられる 24:50 イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。 24:51 そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。 24:52 彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、 24:53 絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。(ルカによる福音書:24: 50-52)
1:9 こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。 1:10 イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、 1:11 言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」 ◆マティアの選出 1:12 使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く、安息日にも歩くことが許される距離の所にある。 1:13 彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。 1:14 彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。 1:15 そのころ、ペトロは兄弟たちの中に立って言った。百二十人ほどの人々が一つになっていた。 1:16 「兄弟たち、イエスを捕らえた者たちの手引きをしたあのユダについては、聖霊がダビデの口を通して預言しています。この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。 1:17 ユダはわたしたちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました。 1:18 ところで、このユダは不正を働いて得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて、体が真ん中から裂け、はらわたがみな出てしまいました。 1:19 このことはエルサレムに住むすべての人に知れ渡り、その土地は彼らの言葉で『アケルダマ』、つまり、『血の土地』と呼ばれるようになりました。(使徒言行録:1,9ー19)
◆天に上げられる 16:19 主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。(マルコによる福音書:16、19)

第1曲:合唱(トランペット3、ティンパニ、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音)、ニ長調、2/4:冒頭合唱は、トマス学校改装校舎の落成記念式典(1732年6月5日)用のカンタータBWV Anh.18 (音楽消失)冒頭合唱の転用。規模・内容はクリスマス・オラトリオに匹敵
第2曲:レチタティーヴォ(テノール)、通奏低音
第3曲:レチタティーヴォ(バス)、フラウト・トラヴェルソ2、通奏低音、
第4曲:アリア(アルト)、ヴァイオリン(ユニゾン)、通奏低音、イ短調、4/4、結婚セレナータ(BWV Anh. 196/14)、1725年11月27日初演第三曲の転用によるアリア(この後、ミサ曲ロ短調の「アニュス.デイ」に転用され有名
第5曲:レチタティーヴォ(テノール)、通奏低音
第6曲:コラール(合唱)フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ニ長調、3/4
第7(7a)曲:レチタティーヴォ(テノール、バス)、通奏低音
第8(7b)曲:レチタティーヴォ(アルト)、フラウト・トラヴェルソ2、通奏低音
第9(7c)曲:レチタティーヴォ(テノール)、通奏低音
第10(8)曲:アリア(ソプラノ)、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ、弦合奏、ト長調、3/8
第11(9)曲:コラール合唱、トランペット3、ティンパニ、フラウト・トラヴェルソ、オーボエ2、弦合奏、通奏低音、ヴィヴァーチェ、ニ長調、6/4 (恐らく失われた教会カンタータからの引用)

キリスト・イエスが復活の後、弟子弟子達の前に現れ、その後

天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり

の部分をが核心となっているのでしょうか・・・。この部分は日本キリスト教団信仰告白の一部に書かれています。

我は天地の造り主,全能の父なる神を信ず。我はその独り子,我らの主,イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり,処女マリヤより生れ,ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け,十字架につけられ,死にて葬られ,陰府にくだり,三日目に死人のうちよりよみがへり,天に昇り,全能の父なる神の右に坐したまへり,かしこより来りて,生ける者と死ねる者とを審きたまはん。我は聖霊を信ず,聖なる公同の教会,聖徒の交はり,罪の赦し,身体のよみがへり,永遠の生命を信ず。アーメン。(信仰告白)

十字架の忌まわしい出来事の後、陰府に下り、3日目に死人のうちからよみがえり、天に昇り、全能の父の右に座したまへり、というくだり。十字架という忌まわしい出来事は見るに耐えかねる出来事ですが、それを「人の子」であるキリスト・イエスが人間の全ての罪を背負って、十字架にかかる。それは本当に悲惨なことですが、その後に復活して、昇天し、神の右に座すというところに救いがあると思います。

その昇天を祝うにふさわしい音楽ですね。トランペットが高らかに鳴り響きます。トランペットは王の権威を象徴する楽器であったといわれていますから、全ての王である神の昇天を曲であらわすのにはふさわしいと思います。

まだ受難節もこず、もちろん復活節でもありませんが、とりあえげてみました。曲はレオンハルトとアーノンクールの不朽の名作、「バッハ:カンタータ全集」から。

演奏:
ソプラノ:ウィーン少年合唱団員
アルト:ポール・エスウッド
テノール:クルト・エクヴィルツ
バス:マックス・ファン・エグムント
合唱:ウィーン少年合唱団・ウィーン合唱隊
合唱指揮:ハンス・ギレスベルガー
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
指揮:ニコラウス・アーノンクール
録音:1970−1971年