- 2008年11月 9日 22:52
- classical
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「モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ集 第32・25・28・42番」(ヒラリー・ハーン、ナタリー・シュー、Deutsche Grammophon、UCCG1255)
クラシックの作曲家の中で、一番嫌いな作曲家は誰かと聞かれたら、即答で、「モーツァルト」と答える。ヴィヴァルディのことを、
「一曲の協奏曲を書いただけで、後は数百曲の編曲をしただけだ」
という人が結構いる。これはもちろん、あの「和声と創意の試み(作品8)」の最初の4曲、つまり「四季」があまりに有名すぎること、そして「急ー緩ー急」という協奏曲の形式を持った曲をたくさん作曲したからであるが、実際のところヴィヴァルディの作品はそんなに単純なものではない。これについては、この記事とは関係ないので、興味のある方は、「Vivaldi: Sonate a Violino, e Basso per Il Cembalo (Op. 2)」を読んでいいただきたい。
さてなぜモーツァルトが大嫌いかというと、ヴィヴァルディのところで指摘されていると書いた通りのことを彼に感じるからである。どの曲も全く同じ。やつの頭の中には「メジャー・スケールしかなかったのだろう」と思う程に、能天気な曲ばかりである。普段バッハをよく聴くこともあって、モーツァルトの曲の中に深刻さのかけらも見つけることができない。まあ、奥さんが悪妻であったと言われているから、現実逃避で明るいことを考えていないとやっていけなかったのだろう。
彼を「神童」扱いすることが多いが、それについてはまったく異論を唱えるし、明らかに間違っていると思う。それほど評価すべきほどの作曲家ではない。同じ要素のメジャー・スケールの曲をたくさん書いただけの作曲家である、というのがわたくしの意見だ。
植物にモーツァルトの曲を聞かせたら、よく育って美味しい美がなったという話しを聞いた事があるが、もしわたくしがその植物だったら、ずっとモーツァルトの曲を聞かされていたら枯れてしまうだろう。むしろバッハにしてくれ!と言うはずだ。
さて、このアルバムだが、ヒラリー・ハーンが出てきて、有名になったころに買ったものである。大嫌いなモーツァルトのCDをわざわざ買ったのは、ジャケットに惹かれたからだ。13歳からの知り合いらしく、その雰囲気が出ているジャケットで好感が持てた。
たしかにハーンの演奏はうまいと思う。演奏も、たしかに幼い頃から知った仲ということだけあって、息もぴったりの感じがする。
ただ、曲がモーツァルトでなければよかったというだけのことだ
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