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ヌヴーのヴァイオリンを聴く
- 2009年3月19日 23:08
- classical
「GINETTE NEVEU POÈMES POUR VIOLON」
昨年知人が我が家へ来た時に、
「なんていうか、あんたののCD棚って偏りすぎてるねん」
と言われた。まあ、確かにその通り。クラシックは古楽ばかり。それが全体の8割。後の1.5がジャズ、残りがヘヴィーメタルとかポップス。クラシックのところを見て、偏っていると言われたのだ。たしかに古典派以降の作曲家のCDを持っていないわけではないが、本当に限られている。バロックまでの音楽がほとんどなのだが、それも古楽器で演奏されたものばかりで、モダン楽器で演奏されたものというのは限られている。
個人的にはとても素直な性格をしているので、人の意見というのはどれも自分への攻撃とみなして、無視をするか反撃をするようにしているのだが、たまには自分にあまのじゃくになって、モダン楽器でも聞いてみるかという気分になった。ヴァイオリンという楽器が大好きで、たくさんのヴァイオリニストを一度、好き嫌いの区別を問わずに聞くことををしたいと思っていた。実家の父もヴァイオリンが好きで、ヴァイオリニストをよく知っていることもあり(グリュミオーを生で聴いている人だし・・・)、その父にあれこれ聞きながら、毎月数人のヴァイオリニストを選んで、その人たちの歴史的録音を聞いていこうという企画を自分の中でやってみることにした。
そんなわけで、今日は夭逝した女性ヴァイオリニスト、ジネット・ヌヴー(1919~1949)である。
彼女について語る時、「夭逝」というキーワードは必ず出てくるが、もう一つ出てくるのは、
15歳でヘンリク・ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝。その時に2位であったのは、あのダヴィッド・オイストラフであった。2位とは圧倒的な差であった
ということだろうか。音楽家の家系に育ったヌヴーは、その天才ぶりを子供の頃から発揮した。1930年(11歳)、パリ音楽院のジュール・ブーシューリのクラスに入る。入学後わずか8ヶ月で1等賞を取り卒業。ジョルジェ・エネスコ、ナディア・ブーランジェ、カール・フレッシュに師事しているが、フレッシュが彼女の芸術は完成されていた、と懐述しているように、幼い頃にすでに彼女のスタイルはできあがっていたようだ。あのエネスコから演奏についてアドヴァイスを受けた時でさえ、自分の流儀にしたがったことからも、自分の持っているもの、持って生まれたものを非常に大切にしていただけでなく、すでに完成されていたものと思われる。
かなり古い時代の録音であるが、数は少ないが、幸いかなり良好な状態で録音が残されている。それを聞く限りでは、実に情熱的な演奏をするヴァイオリニストだと感じる。「魂の燃焼」という表現をされる彼女であるが、その表現は的を得ていると思う。しかし、情熱に流されるだけの演奏ではなく、音の美しさは見事である。
今回紹介したCDだが、様々な音源を3つのCDにしたもののようである。たまたま店頭で見つけたのだが、レーベルなど詳細は不明だが、「Membran Music Ltd.」に詳細が記載されている。
収録曲;
CD1;
1) ベートーベン/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61(ハンス・ロスバウト指揮、南西ドイツ放送交響楽団、1949年9月25日)
2) シベリウス/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47( ワルター・ジュスキント指揮、フィルハーモニア管弦楽団、1945年11月21日)
CD2;
1) ブラームス/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77(ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、北ドイツ放送交響楽団、1948年5月3日、ハンブルク、ムジークハレ(ライブ))
2) ショーソン、詩曲 作品25(イサイ・ドブロヴェーン指揮、フィルハーモニア管弦楽団、1946年8月18日)
CD3;
1) R.シュトラウス/ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 作品18(グスターフ・ベック(ピアノ)、1939年7月)
2) スーク/4つの小品作品17(ジャン・ヌヴー(ピアノ)、1946年8月12~14日)
3) ラヴェル/ツィガーヌ(ジャン・ヌヴー(ピアノ)、1946年3月26日)
Ginette Neveu "Porträt" (1919-1949)
CD 1
Ludwig van Beethoven (1770-1827)
Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 61 / Violin Concerto in D major op. 61
1. I. Allegro ma non troppo 23:58
2. II. Laghetto 9:53
3. III. Rondo: Allegro 10:21
Orchester des Südwestfunkes - Hans Rosbaud, Dirigent / conductor
aufg. / recorded in: 1949
Jean Sibelius (1865-1957)
Konzert für Violine und Orchester d-Moll op. 47 / Violin Concerto in D minor op. 47
4. I. Allegro moderato 15:50
5. II. Adagio di molto 8:10
6. III. Allegro ma non tanto 7:59
Philharmonia Orchestra - Walter Susskind, Dirigent / conductor
aufg. / recorded in: 1945
Total Time: 76:14
CD 2
Johannes Brahms (1833-1897)
Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 77 / Violin Concerto in D major op. 77
1. I. Allegro non troppo 22:25
2. II. Adagio 9:50
3. III. Allegro giocoso, ma non troppo vivace 7:57
Sinfonieorchester des Norddeutschen Rundfunks - Hans Schmidt-Isserstedt, Dirigent / conductor
aufg. / recorded in: 03.05.1948, Hamburg (live)
Ernest Chausson (1855-1899)
4. Poème - für Violine und Orchester op. 25 / for Violin and Orchestra op. 25 15:31
Philharmonia Orchestra - Issay Dobrowen, Dirigent / conductor
aufg. / recorded in: 1946
Total Time: 53:43
CD 3
Richard Strauss (1864-1949)
Sonate für Violine und Klavier Es-Dur op. 18 / Violin Sonata in E flat major op. 18
1. I. Allegro ma non troppo 11:57
2. II. Improvisation: Andante cantabile 8:23
3. III. Finale: Andante. Allegro 8:38
Gustaf Beck, Klavier / piano
aufg. / recorded in: 1939
Joseph Suk (1874-1935)
Vier Stücke für Violine und Klavier op. 17 / Four Pieces for Piano and Violin op. 17
4. I. Quasi Ballata 4:41
5. II. Appassionata 4:23
6. III. Un poco triste 4:01
7. IV. Burleska 3:05
Maurice Ravel (1875-1937)
8. Pièce en forme de Habanera 3:16
9. Tzigane 10:14
Jean Neveu, Klavier / piano
aufg. / recorded in: 1946
Total Time: 58:44
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ベートヴェン 第9番
- 2008年12月31日 23:00
- classical
「ベートヴェン 交響曲第9番《合唱》」(フランス・ブリュッヘン、Philups、PHCP 10509)
ドナルド・キーン、チャップンリンと並んで大の親日家であったベートーヴェンは、日本人が、その碌でもない懺悔してもしきれない一年を振り返り、新たな年に希望を見いだすとともに、紅白歌合戦などというくだらないイヴェントなどテレビで見るなどもってのほかであるという敬虔深い民放信者のために、一曲をシンフォニーを作曲した。それがかの有名な「交響曲第9番《合唱》」である。
まず、この記事を下記ながら、わたくし自信が相当驚いている。なぜなら、わたくしはこのブログで再三書いている通り、古典派以降の音楽は退屈で聞くに値しない、と思っているので(これは「思っている」というだけでなく、宇宙を支配する「真理」であると確信している)、自身のブログで「交響曲」というものを紹介するとは思ってもみなかった。
ま、なんにしても、たまには「べた」な大晦日を過ごしてもいいのではないか?と思って、普段聞かない異次元の「交響曲」を聞いている次第である。ベートーヴェンは、この曲を作曲したおり、数世紀後に日本人が「大晦日と言えばこの曲」といって、自身のシンフォニーを作曲したのかはおおいなる疑問である。
わたくしは、なぜだか知らないが、小学生の時にこの曲の合唱のあの有名な部分を、歌う機会を得た。しかもドイツ語でである。今でも歌詞が忠実に発音を再現しているかは別にしてすべて空で唄える。
ベートーヴェンは比較的聞くに耐えうる作曲家である。かの神童と誤解されただけの、単にメジャー・スケールの曲を乱発した(恐らく貨幣を後先考えずに製造した政府と全く同じだろう)モーツァルトに比べると「音楽」として聞くに耐えうる(しかし、「聴く」という単語には値せず、せいぜい「聞く」止まりである。わたくしはこの漢字の違いを明確にしている。わたくしが音楽として認めうる音楽に対しては「聴く」という漢字を用い、それ以外の音楽に大しては、上司のくだらないたわごとを聞かされると全く同意義で「聞く」という漢字を用いている。したがって、わたくしの他のブログ「The Art Of Bach」や「素晴らしき古楽の世界」では「聴く」を用い、それ以外の音楽に対しては「聞く」を用いる。もちろん、日本の「古楽」とほざいている「す○木」兄弟のものは、「聞く」にしか他ならない。○の部分がわからない方は、「B○J」(○の部分はアルファベットの3文字目)で指揮をしている薄ら汚いひげと、その兄弟でバッロク・チェロを弾いているとほざいている同じくひげである。とりあえず生理的に受け付けないので、ひげをそれっっ!)。
たまには、こういう年越しもあってもいいかと思ったが、さすがにモダン楽器で演奏された音楽はいただけないので、ブリュッヘン率いる18世紀オーケストラのものを選んだ。この難解な曲だが、やはりブリュッヘンはさすがだ。名曲しか録音しない、と明言して18世紀オーケーストラを創設し、見事な録音を次々と残している。しかもオケの演奏が熟したところでライブで録音するのが常套手段である。ライブでここまで見事に演奏されれば文句をつけるわけにはいかないだろう
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メジューエワのピアノを聴く
- 2008年12月10日 18:55
- classical
「ベートーヴェン《テンペスト》&シューマン《幻想曲》」(イリーナ・メジューエワ、若林工房、WAKA-4104)
散々クラシックのピアノなんて大嫌い、と書いておきながら、さりげなく買っているピアニストがいる。それが今回紹介するイリーナ・メジューエワだ。
何年か前にコンサート(クイケン・アンサンブルだったと思う)に行った時に、どさっともらったパンフレットに、彼女のリサイタルの予告が書かれてあった。その時に載っていた写真を見て、
「あ、タイプ」
と思った。それだけで、苦手なピアノのアルバムに手をのばしたのだ。簡単に言えば、単なる下心(?)で買ったというだけの話し。リサイタルには行かなかったけれど、時折CDショップで彼女のCDを見かけたら、なんとなく買ってしまう。
と間抜けなことを書いてしまったけれど、実は彼女の演奏を結構気に入っている。ピアノについては、あまり技巧的にどうこうといういことはわからないのだけれど、聞いた感じでは、そういうところで演奏している、勝負しているわけではない気がする。
自分ならこういう感じで弾こう
自分の感覚なら、こういう感じがいいと思う
そういう感じで弾いている。人に聞かせよう、とかそういう次元からかけ離れている。ピアノが好きで、弾いてる。そんな感じを強く受ける。そこがなんだか微笑ましい。
いかにも女性らしい感じがする演奏だと思う。クラシックのピアノ演奏は本当に苦手で、滅多に聴くことがないのだが、こういう演奏なら比較的聞くことができるな・・・
そういうのも彼女の魅力なのだろう。
収録曲は以下の通り;
ベートーヴェン;ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 作品31の2 《テンペスト》
シューマン;幻想曲 ハ長調 作品17
録音:2002年10月23〜24日&2004年6月18日
新川文化ホール
彼女は日本に在住しており、歌舞伎など日本の文化にも詳しいらしい。
と、ピアノを聞くなどと、本来の自分ではない姿を見せてしまったが、実は、最近このブログにコメントをいただいた「クラシックをipodで聴こう」さんの「ショパンピアノ作品集(幻想ポロネーズ他) メジューエワ」を読んで、触発されたのだ。なんだか人にすぐ感化されるわたくし・・・
なにはともあれ、彼女はいいピアニストだと思います
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アンドラーシュ・シフによるバッハの鍵盤楽曲を聴く1
- 2008年11月27日 04:47
- classical
「鍵盤楽器のための作品集 アンドラーシュ・シフ(12CD)」(DECCA, 4801226)

先日、アンドラーシュ・シフがDECCAで録音した一連のバッハの鍵盤作品が、ボックスセット12CDで売り出された。ここで再三にわたって触れているが、バッハの曲をピアノで演奏するのは個人的には嫌いである。
このCDは実家の父が地道に買っていて、愛聴していたもので、価格も安かったので買ったものである。
今日は、そのCD1
を聴いてみたいと思う。
グールドの駄演奏に比べれば、実に端正な弾き方をしていると思う。これを聴きながら感じていたのは、「懐かしい」ということである。実家を離れて久しいので、今父が何を聴いているのか知らないが、一時期よく聴いていたので、その頃のイメージが甦って来るのである。
このCDには、
・インヴェンションとシンフォニア BWV.772~801
・4つのデュエット BWV.802-805
・半音階的幻想曲とフーガ BWV.903
が収録されている。
さすがにレオンハルトの素晴らしいチェンバロの演奏を聴き慣れているので、バッハの曲をピアノで聴くのは何か違和感を感じるが、シフのピアノはそれでも聴きやすい部類だと思う。1音1音丁寧に弾いているところに好感が持てる。
バッハの曲をピアノで弾くのは感心しないが、CD12枚組で、5000円程度(店によっては、3000円台)で入手できるので、チェンバロ、ピアノを問わない人にはいいのかもしれない。
なおこのCDのオリジナルについては、「ねむり猫のバッハ日記」さんの「シフ/2声・3声のインヴェンション/4つのデュエット」で紹介されている。
このボックスセットは、その性格上それぞれのCDが紙ジャケットに入っていて、味もそっけもないが、上のブログではそのオリジナルのCDのジャケットを見ることができる。今は「ジャケ買い」という言葉も死語になりつつあるが、CDやレコードのジャケットというのは、一つの作品、アートである。ジャズの名門レーベル「ブルーノート」のジャケットは実に素晴らしく、そのジャケットの画像だけをまとめた本も出ているくらいである。これは出来が見事なので、デザイナーの人の必携の本の一つであると聞いたことがある。
ボックスセットになると、一々普通のCDを一枚ずつケースに入れて売るとコストがかかるから、こうしたことになるのだろうが、何か味気ないものを感じる。
話しがそれてしまったが、演奏は嫌いなタイプではなく、シフのピアノは、ピアノ・アレルギーのわたくしでもすんなり受け入れることができる。これはシフの演奏によるものなのか、実家で父が愛聴していたのを聴いていた想い出によるものかは不明だけれども・・・
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ハイフェッツを堪能する
- 2008年11月23日 12:30
- classical
「メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」(ヤッシャ・ハイフェッツ、BMG、BVCC-37638)
ヴァイオリン奏者について書かれている本を読めば、必ず出てくるヴァイオリニストの1人。
「20世紀最大のヴァイオリニスト」
と評される一方で、
「無味乾燥」
とか、
「技巧的なだけ」
という批判もかなり多い。ある意味、好き嫌いがはっきりしているヴァイオリニストかもしれない。「ハイフェッツ嫌い」という用語すらあるくらいだから・・・
ハイフェッツについて、どういうヴァイオリニストか?と質問された時、こう答えることが多い。
「ヴァイオリンが人間の姿をして現れて、俺ってこれくらい弾けるから、こういう感じで弾いてくれよな」
と。
パガニーニがどのような演奏をしたのかは、現在録音が残っていないのでわからないが、少なくとも録音が残っているヴァイオリニストの中で、飛び抜けているのは、まぎれもなくハイフェッツだろう。ヴァイオリンの持っているポテンシャルをすべて魅せてくれるヴァイオリニストだと思う。
彼を単なる技巧的なだけだという人がいるが、その批判記事をたくさん読んだ後に、彼の演奏を聴いたのだが、まったくそういう感じを受けなかった。ちょうどヴァイオリンのレッスンに通うようになった頃だったので、彼がいかに「えげつないか」がよくわかった。
彼が生涯を「技巧」を身につけるためだけに生きていたとしたら、彼がアメリカでヴァイオリンを教えるようになってから、ヴァイオリン以外のパート、ピアノについても学ばせたという事実はどうなるのだろうか?彼はヴァイオリンを弾く人間は、ヴァイオリンだけを知っていればいいとは考えていなかったのだろう。一緒に演奏する楽器、例えばヴァイオリン・ソナタなら、ピアノが伴奏につくから、その伴奏についても学ばせたということは、音楽全体を見渡すことが重要であるということを知っていたし、その大切さを生徒に身につけさせることを当然と考えたのだろう。
このCDに納められた曲は、正直なところ好きなタイプの曲ではない。しかし、何度も聴くことができるのは、彼の演奏が「無味乾燥」で「単に技巧的」なだけではないからだと思う。
「20世紀最大のヴァイオリニスト」と言われるが、これについてはちょっとわたくしの考えは違う。「永遠に最大のヴァイオリニスト」だと思う。「当時にしてはすごかった」のではなく、「永遠にすごい」存在だと思う。
収録曲;
1)チャイコフスキー;ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op. 35
2)メンデルスゾーン;ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op. 64
3)チャイコフスキー;ゆううつなセレナード Op. 26
4)チャイコフスキー;ワルツ〜弦楽セレナード ハ長調 Op. 48より
ハイフェッツだが、彼は教鞭をとるようになってから、決して「プロフェッサー・ハイフェッツ」とは呼ばせなかった。生徒にすら「ミスター・ハイフェッツ」と呼ばせた。そんなウィットに富んだ人であったが、相当変わり者であったそうである。有名な話しなので、今更という感じもするが、
1)ヴァイオリンのレッスンの時は正装をすること
スーツ着用(女性はそれに準ずる服装、ミニスカートは決して駄目。高過ぎるヒールは駄目)。メガネは駄目(コンタクト)。脇香のする人間は、必ずデオドラントをすること。
2)パーティーは時間厳守
自宅でパーティーをする時は、必ず指定の時間までに到着していなくてはならなかった。例えば晩の7時とすると、7時になったら家の門を閉じてしまい、どれだけお偉方であろうが、遅れた人間は入れなかった
など色々ある。いってみれば、ただの「へんこな親父」なのだが、何か一本筋の通ったところがあったのだろう。
彼は技術に関しては、誰にもひけをとらなかった。その人がヴァイオリンの超絶技巧曲であるパガニーニのカプリースの全曲録音を行っていないのも不思議な話しだ。彼はあの曲集を「無味乾燥」だと思ったのだろうか?そうだとしたら、何か皮肉なものを感じる。彼も「無味乾燥」と散々叩かれたからだ。しかし、彼のずば抜けた演奏力をもってしたら、あの曲集はどうなるのか?というところはとても気になる。
数は少ないが、彼がカプリースを演奏した様子が残っている。
まずは24番;
ついで13番;
どちらもピアノが伴奏についているところが気になるけれど・・・
彼は私生活を語ることを頑に拒んだ人であった。その生涯を綴った本が
ウェシュラー・ベレッド,アーチャー、木邨 和彦(訳)
旺史社 (1989/12/20 出版)
だ。幼い頃の写真なども載っていて楽しい。楽しいと言えば、ルビンシュタインの自叙伝は読んでいて実に面白い。
ハイフェッツの演奏は、幸い入手しやすい。今回紹介したBMGが出している「RCA RED SEAL」というシリーズでたくさん出ているので、興味があれば聴いてみてください
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ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集 作品1 グリュミオー、ラクロワ
- 2008年11月14日 04:31
- classical
「ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集 作品1」(アルテュール・グリュミオー、ロベール・ヴェイロン=ラクロワ、PHILIPS、PHCP-3955)
モダン楽器の演奏をほとんど聞かないわたくしにとって、ヴァイオリニストと言われて出てくるのは、古楽器の演奏家がほとんである。それもまったくモダン・ヴァイオリンの奏者を知らないわけでない。もしモダンのヴァイオニリストで1人好きな人を挙げよ、と言われたら、「アルテュール・グリュミオー」と即答するだろう。
フランコ=ベルギー派の正統派のヴァイオリニストである。彼の演奏の特徴は、やはりその音色の美しさ、気品に溢れる演奏だろう。この点においては、彼の右に出るモダンの演奏家はいないと思う。普段、散々モダン楽器の批判をしているが、その中でも好きなヴァイリン奏者もいるのである。やはり音楽は「音」であるから、美しい音色を聞くと、好きになるものである。ベルギー出身の彼は、バロック期の音楽もかなり録音していて、結構CDを持っている。
さてヘンデルのヴァイオリン・ソナタについては、「私的CD評」さんの「ヘンデルのヴァイオリン・ソナタ 」に詳しく書かれているので、そちらを参考にしていただきたい。
このCDに収録されているのは、作品1からの6曲である。
1. 第1番イ長調 Op. 1-3
2. 第3番ヘ長調 Op. 1-12
3. 第5番イ長調 Op. 1-14
4. 第4番ニ長調 Op. 1-13
5. 第2番ト短調 Op. 1-10
6. 第6番ホ長調 Op. 1-15
ヘンデルの室内楽曲は美しいものが多いので、興味のある方は、是非古楽器で演奏されたものを聴いて頂きたい。ガット弦の優しい響き、チェンバロの美しい響き、そしてヘンデルの曲の素晴らしさを堪能できる。
演奏:
アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)
ロベール・ヴェイロン=ラクロワ(チェンバロ)
録音:
1966年1月2−6日、アムステルダム
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パガニーニ:24のカプリース
- 2008年11月13日 04:20
- classical
「パガニーニ:24の奇想曲」(サルヴァトーレ・アッカルド、Deutsche Grammophon、POCG-6020)
バロック期までのクラシック以外の曲を知る機会というのは、わたくし自身が自分から求めて見つけるということは少ない。大抵は父が実家で聴いていたり、ラジオでかかっていたり、その他にも色々とあるが、実際に音楽関係の雑誌や店頭で見つけるということはまずないといっても過言ではない。
今回紹介するパガニーニの24のカプリースもそうである。この曲の存在を知ったのは、ある映画からである。鬼才スティーヴ・ヴァイが参加していることで有名な「クロスロード」という映画から知った。映画の概要は他に譲るとして、この映画の最後で、スティーヴ・ヴァイと主人公のユージンがギター・バトルをするのだが、そこでユージンが弾いたのが、カプリースの5番である。5番全部ではなく、彼の演奏の一部にそれが含まれているのだ。実際には彼が弾いたものではないのだが(別人が演奏したものを、ユージンが演奏しているように見せている)。それが下の動画だ。
スティーヴ・ヴァイが負けるという設定自体あり得ないが、このユージンの演奏はとても好きで、フレーズがとてもよかった。最初にこのビデオを見た時、何の曲かわからず、しばらく調べたもののわからなかったが、ある時にカプリースの5番であることを知った。それで、パガニーニという作曲家を知ったのだ。なんせバロックまでの音楽ばかり聴いているので、クラシックに関しては古典派以降については、有名な作曲家、曲名すら知らないというのが実情である。
とりあえずパガニーニとカプリースの存在を知って、早速CDを買いに行った。本などで調べてみると、「パガニーニ弾きのアッカルド」と書かれていることが多かったので、とりあえず今回のCDを買ったわけである。まずはその5番を聴いた。それを聴いて、映画での演奏は、その一部で、後は他のフレーズをつないでいることを知った。それはともかく、最初アッカルドの演奏を聴いて好きになれなかった。ところが何度か繰り返し聞いている内に、彼のちょっと「枯れた」ヴァイオリンの音が好きになった。
この曲は有名な曲なので、細かい解説はしないが、ヴァイオリンの超絶技巧を究めた作品である。ヴァイオリン一挺で演奏される曲。個人的には、この曲集自体は、テクニックが勝っていて、曲として面白いとは思わない。もちろん中にはいい曲もあるが、同じヴァイオリン一挺で演奏されるバッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」とは比べ物にはならない。ヴァイオリニストにとっての最終目標は、パガニーニのカプリースではなく、やはりバッハの無伴奏であろう。
この曲集はタイトル通り、24曲からなっている。
- 1. 作品1 第1曲 ホ長調
- 2. 作品1 第2曲 ロ短調
- 3. 作品1 第3曲 ホ短調
- 4. 作品1 第4曲 ハ短調
- 5. 作品1 第5曲 イ短調
- 6. 作品1 第6曲 ト短調
- 7. 作品1 第7曲 イ短調
- 8. 作品1 第8曲 変ホ長調
- 9. 作品1 第9曲 ホ長調
- 10. 作品1 第10曲 ト短調
- 11. 作品1 第11曲 ハ長調
- 12. 作品1 第12曲 変イ長調
- 13. 作品1 第13曲 ト短調
- 14. 作品1 第14曲 変ホ長調
- 15. 作品1 第15曲 ホ短調
- 16. 作品1 第16曲 ト短調
- 17. 作品1 第17曲 変ホ長調
- 18. 作品1 第18曲 ハ長調
- 19. 作品1 第19曲 変ホ長調
- 20. 作品1 第20曲 ニ長調
- 21. 作品1 第21曲 イ長調
- 22. 作品1 第22曲 ヘ長調
- 23. 作品1 第23曲 変ホ長調
- 24. 作品1 第24曲 イ短調
5番、24番などは有名だろう。
この曲の楽譜であるが、「IMSLP」の「24 Caprices for Solo Violin, Op.1 (Paganini, Niccolò)」から無料でpdfファイルでダウンロードできる。
上の動画でギターで弾いたものを紹介したが、パガニーニ自体、ギター曲もしくはギターとヴァイオリンのための曲も残している。今回紹介した5番をクラシック・ギターで演奏した動画があったので、紹介しておく。
う〜ん、すごい・・・。
さて最後に動画をもう一つ。これも5番だが、元カコフォニーの天才ギタリスト、ジェイソン・ベッカーによるもの。やはりこの人はすごい。わたくしがとにかく言うより実際の演奏をご覧あれ〜
さて、アッカルドについて少し。彼は上に書いたように、パガニーニ弾きとして有名となった。しかしそれはかえってあだになってしまったのかもしれない。こうした強烈な曲で有名になると、そのイメージが必ずついてまわるのだ。他にももっとたくさん録音しているだろうし、名演も多いだろう。しかし、パガニーニ国際コンクールで優勝し、パガニーニの再来とまで言われたことが、逆効果になった気がする。俳優でも、当たり役ができてしまうと、次の仕事が困難になると聞いたことがあるが、それと同じだろう。あの水谷豊も、「熱中時代」シリーズが大当たりしたのはよかったが、あのイメージから抜けることに相当苦労したと聞いている。
アッカルドについては、同じパガニーニのヴァイオリン協奏曲も録音しているので、他の機会に紹介したいと思う
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セルゲイ・シェプキンによるゴルトベルク変奏曲
- 2008年11月10日 19:09
- classical
「バッハ:ゴルトベルク変奏曲」(セルゲイ・シェプキン、ディアハート、DBCW2021)
始めに断っておくと、バッハのクラヴィーア曲をピアノで演奏することは、バッハ自体を冒涜するものだと断言しておく。これについては、わたくしのブログ「素晴らしき古楽の世界」の「なぜ古楽器にこだわるのか?」に書いているので、ここでは割愛する。
なぜかわからないが、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」と言えば、グールドとなっている。定説というよりも、「常識」のようになっている。古楽を愛する者からすれば、バッハのコーナーにうんざりするほど、ピアノにより演奏、特にグールドの演奏が並んでいるのを見ると哀しくなる。特にピアノという楽器が嫌いなわたくしにとっては。
グールドのゴルトベルクは名演と言われているが、少なくともわたくしは2回の彼の録音を繰り返し聞いたけれども、「過剰反応」「過大評価」としか思わなかったし、今後も変ることはないだろう。あの演奏の中に、なんら素晴らしさやよさは感じない。
さて、今回紹介するシェプキンによる演奏だが、いつもCDを買いに行っているお店の店員の方から勧められて買ったものだ。そうでなければ、ピアノで演奏しているというだけで、スルーするから
この演奏だが、グールドに並ぶとか越えるという評価である。実際に聞いてみたところ、すごい演奏だと思った。すさまじい早さ。そして自由奔放な装飾。普段チェンバロによる正当な演奏を聴いている側からすれば、異端としか考えられない。しかし、この演奏はよいと思った。
それはなぜか?
それは彼の自由奔放な演奏にあるのだ。グールドの駄演奏が聞くに耐えなかったのに対して、この演奏が聞けるのは、そこにバッハのクラヴィーア曲に対する正当性を感じるからではない。
と捉えただけの話しである。この演奏をクラシックの演奏とは思わない。この演奏を聞いて思ったのは、ジャズだということである。言ってみれば、ジャック・ルーシェのように、バッハの曲をうまくジャズにアレンジしたのだ、と感じた。
このゴルトベルク変奏曲であるが、不眠症の人が眠れるようにバッハに依頼があって作曲されたという逸話(もちろんそれは多いに疑問視されていて、実際のところは、ゴルトベルク自身がこの曲を当時弾きこなせなかったのは、疑う余地がないだろう)があるが、間違っても、この曲を聞きながら眠れるといった演奏ではない。相当アグレッシブである。
たしかにそう考えると、演奏者自身が演奏を楽しんでいることは、聞いていてよくわかる。ライナー・ノーツに彼のインタビューが載っているが、彼自身は、チェンバロ自体を長時間弾いていると飽きてくると述べている。それに対してピアノは、チェンバロの弱点を克服したところがあり、その点で長時間弾いていても飽きないと。古楽で使われる古楽器でなく、ラドフスカが使ったモダン・チェンバロなら話しは別だとも言っている。つまり音の強弱をつけたりできるし、
ハープシコードの持っていた様々な限界から解放される
と述べているが、これについては異論を唱えたい。比較自体が無駄なことなのだ。音を鳴らす仕組み自体が違うのだから。彼のいう限界の中で、バッハは最大限に曲の魅力を引き出すように作曲したのである。だからこそ、グールドなどもっての他なのだ。しかし、シェプキンの演奏は、
と捉えれば、かなり素晴らしいと言えるのかもしれない。
もう一つ彼の演奏についてのよさを挙げるとしたら、それは繰り返しを行っていることである。この曲は「ABAB」という形の繰り返しがなされるのだが、レコード時代の名残(つまり一枚の中にたくさんの時間を使えなかった)か、繰り返しが省略されるのだ。しかし、彼は繰り返しをきちんと行っている。その点は評価に値するだろう
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モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ集〜ヒラリー・ハーン
- 2008年11月 9日 22:52
- classical
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「モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ集 第32・25・28・42番」(ヒラリー・ハーン、ナタリー・シュー、Deutsche Grammophon、UCCG1255)
クラシックの作曲家の中で、一番嫌いな作曲家は誰かと聞かれたら、即答で、「モーツァルト」と答える。ヴィヴァルディのことを、
「一曲の協奏曲を書いただけで、後は数百曲の編曲をしただけだ」
という人が結構いる。これはもちろん、あの「和声と創意の試み(作品8)」の最初の4曲、つまり「四季」があまりに有名すぎること、そして「急ー緩ー急」という協奏曲の形式を持った曲をたくさん作曲したからであるが、実際のところヴィヴァルディの作品はそんなに単純なものではない。これについては、この記事とは関係ないので、興味のある方は、「Vivaldi: Sonate a Violino, e Basso per Il Cembalo (Op. 2)」を読んでいいただきたい。
さてなぜモーツァルトが大嫌いかというと、ヴィヴァルディのところで指摘されていると書いた通りのことを彼に感じるからである。どの曲も全く同じ。やつの頭の中には「メジャー・スケールしかなかったのだろう」と思う程に、能天気な曲ばかりである。普段バッハをよく聴くこともあって、モーツァルトの曲の中に深刻さのかけらも見つけることができない。まあ、奥さんが悪妻であったと言われているから、現実逃避で明るいことを考えていないとやっていけなかったのだろう。
彼を「神童」扱いすることが多いが、それについてはまったく異論を唱えるし、明らかに間違っていると思う。それほど評価すべきほどの作曲家ではない。同じ要素のメジャー・スケールの曲をたくさん書いただけの作曲家である、というのがわたくしの意見だ。
植物にモーツァルトの曲を聞かせたら、よく育って美味しい美がなったという話しを聞いた事があるが、もしわたくしがその植物だったら、ずっとモーツァルトの曲を聞かされていたら枯れてしまうだろう。むしろバッハにしてくれ!と言うはずだ。
さて、このアルバムだが、ヒラリー・ハーンが出てきて、有名になったころに買ったものである。大嫌いなモーツァルトのCDをわざわざ買ったのは、ジャケットに惹かれたからだ。13歳からの知り合いらしく、その雰囲気が出ているジャケットで好感が持てた。
たしかにハーンの演奏はうまいと思う。演奏も、たしかに幼い頃から知った仲ということだけあって、息もぴったりの感じがする。
ただ、曲がモーツァルトでなければよかったというだけのことだ
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レニャーニ:36のカプリース Op. 20
- 2008年11月 6日 03:18
- classical
中学生の頃、いわゆる「ヘヴィー・メタル」が全盛期だった.特に「LAメタル」が人気のある時期で、もちろんのことギターという楽器にはまった。もちろんそれはエレキ・ギターだったけれど。
そうしてギターにのめり込んで行くと、イングヴェイ・マルムスティーンなどが、ライブなどでバッハの曲をちょっと弾いてみたりすると、クラシック・ギターを聴きたくなった。それで父が持っているクラシック・ギターのレコードをテープに録音してもらったり、FMでクラシック・ギターの曲だけを流している番組があったので、それをこまめに聴いていた。
何度かここで古楽器のことばかり書いているが、実はクラシック・ギターというのは、大好きな楽器の一つで、目新しいものがあればCDを買うことが多い。もちろんバッハが好きなので、バッハの作品が多い。
一方で、クラシック・ギターといえば、タレルガ、ソルなどに代表されるスペインの作曲家の曲がすごく多い。実際わたくしのCD棚にも彼らのCDがたくさん並んでいる。
今回紹介するCDは、イタリアの作曲家であり、またギター製作者、そしてギターのヴィルトゥオーゾとして活躍した「ルイジ・レニャーニ」の曲である。この世界ではかなり有名な人らしいのだが、恥ずかしながら知ったのは、昨年だった。さっそくCDを探して買ってみた。
「カプリース」という名前がついている通り、あのヴァイオリンの鬼才「ニコロ・パガニーニ」を意識しているのだろうか、超絶技巧の曲のオンパレードである。しかし、パガニーニの場合と違うのは、単なるテクニック集、つまり技巧的には凄いが、曲としてはどうか?という点では、このレニャーニのカプリースはいい曲が多い。たしかに弾くのが困難な曲ばかりであるが、明るい曲調(どこかスペインを感じさせる)で、テクニックの方へ頭が向うことがない。
36曲からなっているが、ギターでは演奏が困難であるC#m と G#m を除いた22種類のキーが網羅されている。
演奏はチェコのギタリスト、パヴェル・シュタイドルで、レニャーニ・モデルというギターを使って演奏している。
なおこのギタリストを知ったのは、YouTubeの動画を見たからだ。Chiris Broderickというメタル系のバンドのギタリストの演奏である(現在はメガデスに加入したそうだ)。これをご覧になっておわかりになると思うが、相当演奏が難しそうだ
常々思うのだが、ヘヴィーメタルというのは、一般に「ヘビメタ」と略して言われるが、わたくしはこの言葉には、何か侮蔑したものを感じて好きではない。だから「ヘビメタ好きです」とは言わず、「メタル系の音楽も好きですよ」と答える。
上の演奏をご覧になっておわかりになると思うが、メタル系のギタリストの凄いやつらというのは、単にエレキ・ギターを弾いているだけではない。特に印象的なフレーズを作るやつらというのは、大抵は子供の頃にクラシックをしっかりとやっていたりするし、聴いている音楽も、ロックだけでなく、非常に幅広く聴いている。音楽をやるには、ジャンルを問わず、たくさんの音楽を聴くことが必要であるといういい例だと思う
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ベートーヴェン:スプリング&クロイツェル
- 2008年11月 5日 21:12
- classical
「ヴァイオリン・ソナタ」と言われる中でも、特に名曲として名高い2曲を収録したアルバム。先日紹介した「ブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ全集」の中で触れたシェリングとルビンシュタインのコンビによる名盤。
実のところこの時代の音楽は苦手である。それでもこの二人の演奏は素晴らしい。モダン楽器のヴァイオリンは苦手なのだが、シェリングの演奏は見事だ。流れるような音、美しさに溢れている。
個人的にはベートーヴェンというと深刻なイメージが強いのだが、この二曲はそのわたくしにとっても聴きやすい部類に入ると思う
1)ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 Op. 24「スプリング」
2)ヴァイオリン・ソナタ 第8番 ト長調 Op.30−3
3)ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 Op. 47「クロイツェル」
の三曲が収録されている。
ベートヴェンが生涯に残した10曲のヴァイオリン・ソナタの中でも「スプリング」と「クロイツェル」は特に有名な二曲だろう。この二曲を知るには実にいいアルバムであると思う。
演奏;
ヴァイオリン;ヘンリク・シェリング
ピアノ;アルトゥール・ルービンシュタイン
録音:
1)1958年12月30日&31日、ニューヨーク、アメリカ芸術文化アカデミー
2)1961年1月3日、ニューヨーク、アメリカ芸術文化アカデミー
3)1958年12月30日&31日、ニューヨーク、アメリカ芸術文化アカデミー
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ブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ全集
- 2008年11月 4日 03:08
- classical
「ブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ全集」(T.A. イルンベルガー、E. シナイスキー、Gramola、GRML9811)
「サイトポリシー」のところで書いたけれど、普段聴くクラシックは、バロック期までのもので、それも古楽器による演奏ばかりである。古典派以降の音楽というのは、何度聴いても馴染めず、何枚かCDを持っているが、繰り返し聴く気分ではない。
その理由の一つとして、モダン楽器を用いていることがあると思う。ヴァイオリンにしても、スティール弦のきんきんする音は耐え難いし、フルートなどは、フラウト・トラヴェルソに比べると、デリカシーのない品のない楽器となってしまった。
弦楽器では不必要とまで思われる程繰り返されるヴィヴラート、そして何よりもつらいのが「平均律」という妥協の産物である。古典調律に慣れた耳には、この平均律の和音の響き方の悪さにはうんざりさせられる。
さて、いつものようにだらだらと前置きを書いてしまったが、その苦手な古典派以降の作品でも、お気に入りの曲を一曲挙げよ、と言われたら、「ブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」を挙げると思う。
この曲だが、ある時FMを聴いていたら、流れてきて、その作品1の美しさに魅了された。それで作曲家名と曲名をメモしておいて、後日買いに行った。普段古楽器による演奏しか聴かないので、モダンのヴァイオリン奏者などほとんど知らない状態だった。それで、どうやって選んだかというと、ピアニストだった。たまたま父からアシュケナージはすごいと聴いていたので、彼が参加しているCDを選んだ。
「ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集」(イツァーク・パールマン、ウラディミール・アシュケナージ、EMI、TOCE-7079)
わくわくしながら聴いてみたのだが、がっかりした。というのはパールマンのヴァイオリンだった。もちろん実にうまい人なのだが、「脂っぽいほど」の音なのだ。オイルたっぷりの中華料理といった感じで、FMで聴いた演奏とは大きく掛けなはれていた。それで、この曲集自体、そのままにしていた。
しかし、やはりいい演奏を聴きたいと思って、またCDを買いに行った。
「Brahms:Violin Sonatas」(Henryln Szeryng、Arthur Rubinstein、RCA、09026-63041-2)
それがシェリングとルビンシュタインによるものだ。ルビンシュタインの名前を知っていて(もちろんその時はシェリングを知らなかった)買ったのだが、これは実によかった。シェンリングの流れるような演奏は見事で、これこそFMで聴いた時の感動だと思った。以来、古楽主体のわたくしでも、この曲はよく聴いている。
さて、本当に長い前置きになったが、今日紹介するのは、モダン楽器による演奏ではない。
当時ブラームスが愛用していたという、シュトライヒャーのピアノを用いているし、ヴァイオリンもその当時のものである。ということがCDの帯に書かれていたので、買ったのがやはり正解だった。シェリングの美しい音も素晴らしいが、この演奏も一級品である。ここで仕様されている楽器は以下の通りである;
トーマス・アルベルトゥス・イルンベルガー;
ヴァイオリン;クレモナの逸名作家による1730年作のオリジナル楽器
弓;フランソワ・テカット1850年制作のオリジナル
エフゲニー・シナイスキー;
ピアノ;L. B. シュトライヒャー&ゾーン 1870年頃制作楽器
CDの解説によれば、
ピアノの内部機構はいかにもウィーン式で、ダンパー装置も伝統的なウィーン式、音域は7オクターブにまで広がり、ブラームスがウィーンのカール通りの自邸で1868年から没年まで愛奏していたというシュロライヒャーの楽器と、ほぼ同じスタイルといっても差し支えないだろう。なんといっても、低音部での音域の伸びには驚かされるー銅巻き単弦が3本、銅巻き複弦が16本使われているのが、その秘訣だ。さらに高音部の方は鉄巻きの3複弦が使われている。ペダルはウナ・コルダと消音ペダルのふたつ、さらにカポタストが備わっている。
さて名曲なので、今更紹介するまでもないが、
1)ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番 ト長調 作品78「雨の歌」
2)ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第2番 イ長調 作品100
3)ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第3番 ニ短調 作品108
やはりこの曲集では第1番が実にいい。ヴァイオリンの旋律は実に美しい。名曲なので録音も多いが、このCDは当時の音を聴くにはお勧めの一枚である。
録音;2006年5月15〜17日、アーニフ(オーストリア・ザルツブルク州)、ブロートマン音楽堂
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